
1972年7月10日、バリ島の芸術と文化の里として知られるバトゥアン村に生まれる。
幼い頃から絵画や工芸など多彩な芸術作品に囲まれて育ち、その環境が彼の創造性を大きく育んだ。
同時に、スピリチュアルな世界にも強い関心を持ち、若い頃にはルドラクシャやパワーストーンを使ったアクセサリーを趣味で制作。自ら身に着けたり、親しい人に贈るなどして、身近な人々と「エネルギーを分かち合う」ことを大切にしてきた。
やがて運命的にオルゴナイトと出会う。
自然や人、環境に良い影響を与えるとされるその特性に深く惹かれ、さらにその美しさがアーティストとしての感性を刺激した。こうして彼はオルゴナイト制作に情熱を注ぐようになる。
アスタワ氏の作品の最大の特徴は、バリ島特産の「ルドラクシャ(菩提樹の種子)」をオルゴナイトに組み込んでいる点にある。
古代から聖なる象徴とされるルドラクシャを取り入れることで、作品はより力強く、独自の存在感を放っている。
実際に彼の作品を手にした人々からは、日常の中で不思議な変化やポジティブな体験が数多く報告されている。
彼が大切にしているモットーは「絶えず創作を続けること」そして「喜びを分かち合うこと」。
マントラが流れる清らかな空気に包まれた工房で、彼は今日も祈りを込めてオルゴナイトやルドラクシャのアクセサリーを制作し続けている。
現在、その活動はインドネシア国営放送でも取り上げられ、彼の作品は大富豪の邸宅や州知事のオフィスなどにも飾られている。
まさにバリ島を代表するオルゴナイトアーティストのひとりとして、国内外で高い評価を受けている人物である。

ある晩、ニョマン氏の自宅に、なんと野生のフクロウが飛び込んできました。
彼はそのフクロウとしばし戯れることに──。
バリ島でも、野生のフクロウが家に舞い込むこと自体とても珍しく、
さらに直接触れ合えるなんて、まさに奇跡のような出来事です。

日本を代表するオルゴナイトアーティストのひとり。
山口県下関市を拠点に、レジン雑貨やアクセサリー、オルゴナイトなど、すべてオリジナルデザインによる作品制作・販売を行っています。
もともとレジン作品を幅広く手がけていた共永さんがオルゴナイトと出会ったのは、あるアーティストの作品がきっかけでした。その神秘的な美しさと、手に取ったときの不思議な感覚に心を奪われ、「自分でも作ってみたい」という純粋な衝動が生まれました。??それが、オルゴナイト制作の原点です。
以来、約10年。制作技術を深めながらオルゴン協会の講師認定資格を取得し、オルゴン協会認定講師として活動を続けています。長年にわたる制作経験と、数えきれないほどの作品との対話を通じて磨かれた直感は、共永さんの作品に唯一無二の深みをもたらしています。
共永さんが作品づくりで最も大切にしているのは、「ネガティブなエネルギーをポジティブに変換する」というオルゴナイト本来の力を最大限に引き出すこと。色彩のバランス、石の組み合わせ、形の意味まで一つひとつ丁寧に向き合い、直感と10年の経験を融合させながら作品を生み出しています。完成した作品を手にした瞬間から「なんだか落ち着く」、「空気が変わった気がする」と感じる方が多く、全国に熱心なファンが広がっているのも、その丁寧な仕事ぶりの表れです。
実際にお客様からいただくご感想の中で、共永さんが特に印象に残っているのが次のような声です。
「攻撃的な気持ちから、すっと解き放たれた感覚がありました」
「精神のバランスが保たれて、なんだか安心した気持ちになれました」
「置いてから、眠れない夜がなくなりました」
こうした声を受け取るたびに、「ものづくりを続けてきてよかった」と感じると共永さんは語ります。作品が誰かの暮らしの中で静かに機能しているーその事実こそが、制作を続ける原動力です。
制作活動に加え、対面でのワークショップや講座も定期的に開催。オルゴナイト制作を通じて"自分と向き合う時間"を大切にする場づくりを行っています。また、カラーセラピー・風水・財布鑑定などの鑑定も行い、感覚的な世界と現実的な暮らしの両面から、その人らしい流れを整えるサポートにも力を入れています。
「月と太陽の台所」では、キッチンという日常の中心にやさしいエネルギーを届けるため、オリジナルの《キッチンオルゴナイト》を制作。料理をする時間、食事を囲むひとときが、ただの作業ではなく「心を整える時間」になるようにーそんな想いが込められた特別な作品です。
好きなことを、諦めず続けること。その10年の積み重ねが、使う人の暮らしをそっと豊かにしてくれると信じて、今日も丁寧に手を動かし続けています。
日常に溶け込みながら、そっと背中を押してくれる存在。K's Works 共永のオルゴナイトは、これからも多くの人の暮らしに、静かで確かな光を届け続けています。
『キッチンスピリチュアルアドバイザー』
私の父は、遠洋航海の貨物船に乗る「司厨長(しちゅうちょう)」でした。世界中の荒波を越えながら、何十人もの船員たちのために、毎日三食を作り続けた人です。
思春期の頃の私は、そんな父に激しく反抗していました。仕事に厳しく、家でも時に声を荒らげて私を叱る父。そんな父に素直になれず、顔を合わせればぶつかってばかりの毎日でした。
ですが、大人になり、自分も社会に出て「食」の現場を知るようになり、ようやく気づいたのです。
逃げ場のない海の上で、船員たちの命と健康を支える厨房がいかに過酷な場所であったか。父が声を荒らげていたのは、それだけ真剣に、命がけで自らの城(厨房)と家族を守ろうとしていたからなのだと。
どんなに衝突しても、最後には私を見放さず、どっしりと構えていてくれた父。その不器用なまでの大きな愛に、今は感謝の気持ちでいっぱいです。
父の背中を追うように、私は工業化学系の大学院を卒業後、食品メーカーへ入社しました。パン・菓子・惣菜などの開発に20年以上携わり、数多くの商品を世に送り出してきました。気づけば、父と同じ「食を通じて誰かを支える」道を歩んでいたのです。
しかし、責任ある仕事をこなす中で、私は知らず知らずのうちに心身をすり減らしていました。過酷なスケジュールと重なるストレス。次第に、原因不明の体のだるさや、朝起き上がることさえ辛いほど、体調がすぐれない日々が続くようになりました。
あんなに好きだった料理も、台所に立つことさえ億劫(おっくう)に感じる。
「家の空気が重い」「料理をしても、心がついていかない」
そんな、出口の見えない暗闇の中にいたのです。
そんな時、ふとしたご縁で出会ったのが「オルゴナイト」でした。理系出身の私は、最初は半信半疑。ですが、藁にもすがる思いで台所にひとつ置いてみました。
すると、不思議な変化が起き始めました。疲れて帰ってきた夜でも、台所に立つと不思議と気持ちがスーッと落ち着いていく。お湯を沸かしながら、穏やかに一日を締めくくれる。あんなに重苦しかった台所の空気が、澄み渡るように軽くなっていくのを感じたのです。
そして何より、私自身の体調と心も、本来の健やかさを取り戻していきました。
月は静かに満ち欠けし、太陽は毎日変わらず輝き続ける。そんな自然のリズムと調和し、家族の笑顔が生まれる台所を届けたい。その願いを込めて、【月と太陽の台所】という名前をつけました。
「仕事で疲れ果て、料理を作る気力が湧かない」
「なんとなく、家の中に重苦しい空気を感じる」
「家族のために頑張っているけれど、心が追いつかない」
もし今、あなたがかつての私と同じような苦しさを感じているとしたら、
それは決して、あなたの努力が足りないからではありません。
台所のエネルギーを整えるだけで、暮らしの循環は必ず変わり始めます。
かつて父が厳しい厨房から船員たちの命を支えたように。私は、この優しい光を放つオルゴナイトを通じて、あなたの台所を愛と喜びで満たされる「聖域」にするお手伝いをいたします。
いつでも気軽に話しかけてください。
あなたの台所が、愛とよろこびで満たされますように。
月と太陽の台所 店長 WATARU